2.実験の一部紹介
○研究の目的
本研究は、TV-CM の単純な表現手法の要素が、商品想起に影響を与えているのではないかという仮説に基づく。本研
究の目的は、TV-CM の制作過程における商品ディスプレイショットの導入技法において、商品想起を高める要因を明ら
かにすることにある。そのために、認知心理学に基づく記憶実験を試みた。
○実験方法
(1) 被験者:日本語を母国語とする27名の学生であった。
(2) 要因計画:被験者内1要因3水準
独立変数は、商品映像の代表的な提示方法3条件であり、従属変数は商品名修正再認率であった。
○実験材料
①学習課題
学習課題の材料は、連続して上映される9種類の商品ディスプレイショットで、ラベルにはそれぞれカタカナ2 文字の商品名が書かれていた(表1)。それぞれのショットの冒頭には3タイプの導入技法が割り振られた。商品一つにつき、1秒間上映された。
○実験手続き
9種類の商品名が付いた商品映像に対して3タイプの導入技法これら27 通りの組み合わせができる(表2)。これを3つ
のグループに分割して、一人の負担は9種類の試行とした。次に、被験者は、妨害作業として無意味なカタカナ128文
字(A4 サイズ2枚)を音読するように指示された。これに要した時間はおおよそ2分間であった。その後すぐに再認テ
ストとして商品の静止画像が18枚提示されて、被験者はその商品を学習したかしなかったか判断した。次に(b)グループ
9名に対して、また(c)グループ9名に対しても同様であった。
○実験結果
(1) 判定方法
再認テストにおいて4 種類の結果が予測される。
①学習した商品に対して「イエス」と判断したら正再認(hit)。
②「ノー」と判断したら、誤再認。
③学習しなかった商品に対して「イエス」と判断したら虚再認(false alarm)。
④「ノー」と判断したら正棄却。
通常、修正再認率は正再認率から虚再認率を引くが、この実験においては3タイプの導入技法別に集計するので、虚再認率を三等分し、正再認率から引いた。本実験の修正再認率を次のように定義する。
修正再認率=正再認率-虚再認率/導入技法の数
(2) 結果判定
商品ディスプレイショット映像の代表的な導入技法3 タイプについて修正再認率の平均値を求めると、次のような結
果になった。フィックス導入:フェイドイン導入:ワイプイン導入=0.55:0.70:0.54 であった(図4)。
これらの導入技法3タイプについて分散分析を行なった。その結果、修正再認率の平均値において、有意差があることが分かった[F(2,52)=3.25, p<0.05]
下位検定の結果、フィックス導入とフェイドイン導入の条件間およびワイプイン導入とフェイドイン導入の条件間に有意
差が見出された(p<.05)。その一方、フィックス導入とワイプイン導入の条件間に有意差はみられなかった(p>.05)。
○考察
結果(1)
フェイドイン導入の方が、フィックス導入よりも、商品想起に有効であった。映像の導入部分で、商品を隠すフェイドイン導入が、商品を隠さないで最初から見せているフィックス導入より商品想起に有効であることがわかった。
結果(2)
フェイドイン導入の方が、ワイプイン導入よりも、商品想起に有効であった。この2タイプの導入技法の違いは、映像上の暗部と明部の境界にある。フェイドイン導入は、暗部と明部の境界は無い。ワイプイン導入はくっきりとしたライン状の境界があるので、そちらに注意が喚起されてラベルの商品名に目がいかなかったと推測できる(図2, 図3)。
結果(3)
ワイプイン導入とフィックス導入に商品想起に差がないことがわかった。
○結論
本研究では、商品ディスプレイショットの導入技法において、商品想起を高める要因を明らかにした。素朴で単純な導入技法であるフェイドイン導入が、より長い時間商品が提示されるフィックス導入や、技巧的で印象の強いワイプイン導入より、商品想起において有効であることがわかった。限られた時間で最大の効果を求められるTV-CMにおいては、他との差別化を図るあまり、ややもすると技巧に走った表現方法を多用する傾向にあるが、本研究で、最も素朴で単純な表現手法の効果を明らかにしたことは、この風潮に一石を投じる任を果たしたと考える。また、商品をできるだけ長く提示すると、商品想起に有利になるという一般論に対しても、警鐘を鳴らすことができた。
本研究では、ファイドインやワイプなど単純で物理的な表現手法の要因が、商品想起に与える短期的な影響を検証した。数時間を超える長期的な想起を配慮すると、ストーリー展開や、キャッチフレーズなど意味的な要因が影響すると考えられる。これらの究明は今後の課題としたい。
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